天下静謐

nice! – 乃至政彦Webサイト

「日之丸」の景勝と「愛宕」の兼続

      2016/01/15

 直江兼続の人物像は近年随分とナイーブになってきました。
 司馬遼太郎の『関ヶ原』、藤沢周平の『密謀』では、気骨と剛胆さを兼ね備える鉄血宰相のような凄味を持つ人物として描かれました。映像化された司馬作品(TBSドラマ『関ヶ原』)では細川俊之さんが演じ、理不尽な挑戦に断固として立ち向かうインテリ軍人の剛毅さがよく表現されていました。

 ところが近年ではこうした描かれ方がほとんどされなくなり、ともすれば知と理に振り回されかねない、繊細な人物像が定着するようになっています。大河ドラマ『天地人』の兼続は、尚武の家風から程遠い性格に設定され、外見も「男前」や「ハンサム」というより、「美青年」「イケメン」と呼ぶのが相応しい、線の細い役者さんが演じておられました。優れた演技力を魅せてくださったと思いますが、『花の慶次』に見たようなマッチョな兼続を原像に刷り込まれていると、ほんのすこし違和感が残りました。ビデオゲーム『信長の野望』でも、シリーズ初期には立派な髭を蓄える中年武将とされていましたが、このごろは才気と誠実さばかりが売り物の好青年とされています。

 こうした兼続のイメージ変遷を牽引した要因はさまざまにあげられましょうが、ひとつには「愛」の前立てが有名になったことにあるでしょう。

 これがどうにも、弱々しい。だって、武将なのに「愛」ですよ。まあ何事も愛だというのはわかります。永瀬正敏も「愛だろ愛」といってます。教養あふれる兼続にも深い考えがあって「愛」の前立てを使ったのでしょう。では、その「愛」とはなんでしょう。
 愛という言葉は多義的で、さまざまに受け止められます。「慈愛」「博愛」「家族愛」いい響きです。「義」でしられる上杉家の宰相なら、これでいいような気もします。ですが、もっと類語を探してみましょう。「愛憎」「偏愛」「愛執」という業の深い熟語だってあります。「愛と義」と呼ぶにしてももう少し視点を変えた捉え方があるのではないでしょうか。

 ところで上杉謙信は「無」「毘」の旗を愛用したことが知られます。謙信はこれらの一字が好きで、兼続の「愛」の前立て同様、その兜にも同字を象っていたことを遺品に確認されます。歴史に親しんでおられる方はもう察しがつくでしょう。「毘」が毘沙門天を表しているように、「愛」も軍神にまつわる一文字であると想像するのが妥当なのです。

[前略]
一 御籏守                    但、馬上ニ而
一 御貝吹                〈内藤〉同、馬上
一 日之丸 〈一黒具足・一はちまき〉       御小籏
一 愛宕  〈右同然〉              御小籏
一 御引替 〈一もめんほろ・くきぬき〉
[後略]
(「御押前之次第」『上杉古文書十』/『上杉家文書』九三九号「上杉家押前次第」)

 これは上杉景勝時代の軍列を示す文書です。「日之丸」と一緒に「愛宕」が並んでいます。戦国時代の上杉家では家紋をあしらった旗を使わず、天子の御旗である「日之丸」を、「御家の旗」として奉り、何よりも大切にしました。これと並ぶ「愛宕」旗は、最重要の軍旗だったに違いありません。
 上杉家の「悉皆人」として当主に並ぶ最重要人物・直江兼続の「愛」も、軍神・愛宕権現の「愛」だったと見ていいでしょう。

 ところで景勝は「日輪雲前立黒漆塗巾着形兜」なる日輪を象った前立てを取り付けた兜が有名です。
 兼続の「愛」がそうであるように景勝の日輪もまた雲の上に載っています。

 面白いと思いませんか。軍列の中心部に並び立つ牙旗と対応するかのように、景勝と兼続もまた「日之丸」と「愛宕」を前立てとして使っていたのです。

 そもそも謙信の「無」は軍神とは関係のない禅風の思想を想起させる一字でした。
 謙信は万感の想いをこめて、多義的に解釈可能な「無」の一字を選んだことでしょう。以上のことから兼続の前立ては「愛宕」に由来すると思われますが、そこに他の意味を読み取ることもできるように思えます。「無」同様、綺麗さっぱりとした答えなどなく、潜在力に満ちた一字として好まれた──ということもできるわけです。
 本質的には愛宕権現=勝軍地蔵という軍神信仰に基づくデザインであったことを踏まえた上でなら、現在の作家も自由な発想で解釈していいのではと思います。もっと軍人らしい「愛」を持った男として描いていいはずです。「日」の景勝と「愛」の兼続──。

 - by乃至政彦 ,